2011年5月 7日 (土)

【脱原発社会に向かって】 先を歩み始めたドイツ 

Nuclear_power_plants_map_germanyfr

管直人首相の浜岡原発停止要請は当然の措置であり、遅きに失したともいえるが、一定の評価はできると考える。3・11以来の数多くの国民の活動を通してもたらされた勝利のサインとして受け止めたい。

これから日本が進む脱原発社会への道を先に歩み始めているのがドイツである。ドイツは福島原発事故を受けていち早く80年代までの原発の停止措置を3月15日に発表し、原発全廃の決定を4月15日に発表した。

<ニュースビデオ>

Germany to Close Pre-1980 Nuclear Plants

Germany to close all nuclear plants

「風力などのクリーンエネルギー」にどのように移行していくのかが、今後のドイツの発展のカギを握っていると言える。

画像:ecajota

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2011年5月 3日 (火)

着々と進む静岡への被災者受け入れ

Numazu

県が28日時点でまとめた県内の受け入れ避難者の情報によると、避難者数(被災県への情報提供を同意済みの人)は全35市町の避難所(旅館・ホテル)、公営住宅、個人宅などで計962人。被災県別では、福島県が775人と81%を占め、以下、宮城県128人(13%)、岩手県43人(5%)などとなっている。
 市町別では御殿場市が161人と最多で、次いで静岡市の93人、浜松市68人。公営住宅が33・1%、個人宅26・1%、避難所として受け入れている旅館・ホテルが18・6%。(避難者情報、被災県に 本県全市町に962人(5/ 3 07:41)

写真はトウモロコシ成長の喜び被災者と共有へ 沼津のNPO(5/ 2 08:05)

静岡県民の暖かい思いやりで被災者の受け入れをさらに大きく進めましょう!

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2011年5月 2日 (月)

生活の中からの【脱原発!】

Kochi

「原発のない日本へ」の行進 in 高知

松山で原発さよなら・自然エネルギーネットワーク 

静岡、高知、松山・・と、これまでにデモの行われてこなかった地域でも脱原発!の声が深く着実に広がりつつある。最近のデモで見られる特徴は、「デモ」の既成概念にとらわれずに参加者が自然に楽しめる表現のスタイルを創造しようとする傾向である。

「指導者に参加者が導かれる」という構図ではなく、特別の活動家ではない普通の市民が無理なく自分なりのスタイルで原発のない社会の実現を要求する運動が生まれつつある。

【脱原発!】の運動は、まだ日本の各地で開始したばかりで、これから粘り強く原発の廃止をめざして続けていくことになる。そのためにも、生活の中から自然や他者と共生する精神を培っていくことと一体で進めていくべきである。

デモを一過性のイベントに終わらせるのではなく、新しい社会への移行に向かう継続性と発展性のある大規模な国民運動の流れの中に位置づけたいと考えている。

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2011年5月 1日 (日)

福島で今起きていること

Fukushima

<ビデオ>

今こそ福島と東京がひとつになって、福島の子どもたちを守れ!

今、フクシマで起こっていること〜現地報告集会

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4月30日、「福島の子どもたちを放射能から守れ!」福島原発震災連続学習会(第1回)が東京(水道橋・全水道会館)で開かれ、200人が集まった。(主催:福島老朽原発を考える会、プルトニウムなんかいらないよ!東京)

 今、福島では文科省の「年間20ミリシーベルト」基準の15歳未満への適用への怒りが徐々に大きくなりつつある。郡山市では、市独自に放射線値が高い市内28校、施設の校庭、園庭の表土を除去する工事を始めた。しかしこの動きにも文科省は、「必要ない、冷静な対応を」(高木文科大臣)と市独自の除染作業に圧力をかけ、福島県民の不安はさらに大きなものとなっている。

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今こそ福島と東京がひとつになって、福島の子どもたちを守れ! 福島原発震災連続学習会(レイバーネット日本)

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2011年4月30日 (土)

東日本大震災 静岡県内ニュース(アットエス)4/29

Hisai

「生まれ故郷で死にたい」 飯舘村から川根本町に避難(4/29 07:30)

被災写真を整理 富士の春日製紙、アルバム台紙提供(4/28 14:32)

被災者の心のケア必要 避難所での活動報告 熱海(4/28 08:52)

宮城に物資発送 函南町、食料や衣類(4/28 08:50)

長期的な被災地支援を 県立大教授、学生ら活動報告(4/28 08:25)

家具類100点超、被災地へ 日本平ホテル建て替え(4/28 08:20)

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2011年4月29日 (金)

静岡から世界を変えよう:環境共生都市への移行

Newage

ニューエイジへの移行

この記事は2009年9月6日に投稿したものです。したがって2010年の9月に変化が起きるということを伝えているわけではなく、2009年の9月からアセンションパワーが高まってNESARA公布が近づいていることを伝えています。今回、再投稿した理由はディスクロージャー・公式発表と同時に起きる変化の概略を予告した重要な情報だと考えたためです。上の動画に登場する近未来都市の解説という意味もあります。

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私たちは地球の社会構造と生活のすみやかな改革が必要だと考えています。現在の地球上のほとんどの文明は不必要(で有害)であり無公害の社会構造と生活に置き換えるべきです。地球人類は自給自足・無公害でクリーンな空気・土と化石燃料によらないエネルギーを備えた一万人規模のコミュニティーの生活に復帰します。すべてがローカルな社会で満たされるためにバス・飛行機・船・電車やトラックは必要がなくなります。経済に及ぼす影響は心配ありません。充分な資金がクリーンで無公害な住居・食料・衣類と他の生活物資に充当されます。

NESARA公布とスペースシップのデクローク(覆いを取って姿を現すこと)の後10日以内に私たちのスペースシップが次々に世界中に着陸します。宇宙船に積み込んだ5次元装置を用いて私たちは着陸後30日以内に地球上の大気・土・環境の浄化を完了します。リプリケーターの使用に関する情報はすでにお伝えしてあります。これらの装置は5次元以上の環境で安全と管理が保障されていることに留意してください。NESARA公布に続いて基本的なプランと取り決めが実現します。緊急に必要な物資は当初の期間中スペースシップから供給されます。生存に不可欠な物資が不足することはありません。他の地球人を援助するために協力を希望する人々には喜んでコンタクトして他の人々にどのように必要物資を得るかをアドバイスしていただきます。

かつて建設された自給自足のコミュニティーのモデルとしてはジャック・フレスコのヴィーナス・プロジェクト がふさわしいと思います。それは完全に無公害で7人ほどのメンバーで長期間にわたって維持管理が可能なコミュニティーです。

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ニューエイジへの移行

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2011年4月28日 (木)

静岡から世界を変えよう

Hamaoka

美しい自然と豊かな資源と食糧に恵まれた富士の裾野にゆったりと大きく広がる駿府・静岡は縄文の昔から日本の中心地として高い文明を築いてきた。

今、首都東京の危機を前にして静岡県は新しい日本文明のモデルとして生まれ出ようとしている。私は今回の選挙で3つの緊急政策と共に次の長期ビジョンを掲げて訴えてきた。ぜひ、これからもこのビジョンの実現をめざして活動していきたいと考えている。

画像:はまおかパレードアルバム

しずおか再生プロジェクト

① クリーンエネルギーに基づく環境共生都市

② 日本の心を世界に発信する国際観光都市

③ 世界の若者が共に学ぶ地球アカデミーの創設

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2011年4月27日 (水)

新しい政治を生み出す陣痛

今回の選挙を振り返って、一番感じたことは、「他の候補者と自分は全く別のことをこの選挙でしようとしている。」という点である。

5人の定員に臨んだ候補者は、自民3民主2公明1の現職と共産1みんな1,そして新党市民の私の8名で、結果は現職が当選し、私は「ダントツ」の最下位に終わった。

結果だけ見れば「大敗北」だが、たった1人で何の組織のバックも持たない一市民が曲がりなりにも、県議会議員選挙に立候補して選挙活動を無事に完了できたという事実は大きな歴史的意義を持つと思う。

これまで、私たちは既存の政党or無所属というオーダーメイドのメニューの中からしか候補者を選択できずにきた。そして既存の政党に失望した有権者には「棄権」という形でしか自分の意志を表す手立てがなかったのである。

新党市民は、そのメニューに「自分」を加えることが可能であることを実証したのである。政治を「批判」するだけではなく、「ではどうするのか?」という対案を示すという意味で選挙への参加は候補者にとって大きな試練となる。今回の落選は、私たちの対案がまだ十分に練れていずに現実性が薄かったことと私たちの主張の有権者への浸透が不十分だった点に原因がある。

今後は、地域の脱原発活動と被災者支援活動に参加協力しながら、組織の拡大と政策の練り上げに取り組むことが課題になると思う。

静岡では、是非今回の菜の花パレードの主催者と連絡を取って、脱原発運動を多面的に展開していきたい。今、考えている活動は以下である。

1 浜岡原発の危険性をわかりやすく図解するパンフレット・DVDの制作と普及

2 脱原発運動の輪を広げ、被災者を励ますための「チャリティー・コンサート」の開催

3 被災地に滞在して子供達の教育・学習を支援する活動

4 原子力に代わるクリーンエネルギーの研究と普及

脱原発運動は、エネルギー転換にとどまらない未来社会建設の運動である。現在の災害の連続は、生命体である地球が長い間の傷を癒して自らを再生しようとする活動であり、地球とその上の生命体を汚染し傷つける古い文明をそぎ落とそうとする浄化のプロセスである。

私たちが今考えるべきことは、災害から自らを守ることと共に、新しい地球文明に移行する道をどう切り拓くかというテーマでもあるのである。

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2011年4月19日 (火)

ストップ・ザ・浜岡!の実現に向けて 4 ー 4/24 静岡 「菜の花パレードはまおか」のお知らせ

静岡の若者「ふきのとう」が脱原発をめざしてパレードを企画した。記者会見の模様は下記を参照。
《パレードはまおか》【パレード記者会見の様子(1/2)】

<要項>

日時:2011年4月24日(日)13:30~
場所:静岡市葵区にある青葉公園B2
イベント広場が使えればそちらに移行する可能性もある
主催:ふきのとう
連絡先:054-209-5676
構成:
13:30 青葉公園で挨拶、訴えを開始。
30秒から1分で団体や個人に訴えていただく時間をとります。時間が短いので次々と入れ替わっていく形になります。訴えの時間は15分取ります
14:00 パレードを開始。
先頭と後尾をふきのとうで務め、参加者はそれぞれの方法での訴えをしていきます。菜の花を持つ人もいれば、プラカードを持つ人、ゴミ拾いをする人など様々です
15:30 青葉公園に帰還。総括、次回への展望など
15:45 解散
雨天時:延期。HPを立ち上げますので、HP上で発表となります。
パレードの骨子

今回のパレードでは

被災地への支援
浜岡原発の停止
自然エネルギー
の3つを柱として活動させていただきます。

なぜ菜の花か

 菜の花は、土壌中のセシウム137とストロンチウム90を吸収する能力が最も高い植物と言われているそうです。菜の花はカリウムやカルシウムを吸収して成長しますが、セシウム137 やストロンチウム90などと性質が似ているため、同様に吸収するのだと言われています。そのため、土壌中の放射性物質を除去することができるとのことです。実際に私たちが実験や実証をしたわけではありませんが、今回の福島原発の事故、静岡県にある浜岡原発を考えたとき、解決のための一つの象徴として菜の花を選ばせていただきました。

■[浜岡][イベント情報]4/24 静岡 「菜の花パレードはまおか」

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2011年4月17日 (日)

ストップ・ザ・浜岡!の実現に向けて 3

4月16日  脱原発デモ   明治公園出発  (動画)

http://www.youtube.com/watch?v=PHFTVGrV678&feature=channel_video_title

デモルート   明治公園→千駄ヶ谷小学校→原宿駅前右→五輪橋左→岸記念体育館前→渋谷駅前左→宮益坂下左→神宮通公園

http://www.asyura2.com/11/genpatu9/msg/417.html

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15日付ルモンド紙では神戸大学石橋克彦名誉教授のインタビュー記事を掲載している。石橋教授は1944年神奈川県生まれの地震学者で、専門は地震テクトニクス。日本の原発の地震に対する脆弱性を訴えていた数少ない地震学者の一人で、大地震により原子力発電所事故が発生する「原発震災」の危険性に警鐘を鳴らしていた。

「今日の原発における地震の脅威は?」
 :1995年の神戸大地震から日本は強度の地震活動期に入りましたが、(今回の大地震までは)我々は幸運でした。2005年から2007年にかけて3つの地震が3カ所の原発周辺で起こりましたが、3回とも地震による加速度が原発建設基準を超えるものになりました。最後に起きた2007年の新潟中越沖地震はマグニチュード6.8で、993ガル(重力加速度)という加速度を記録しました。震源からそう離れていなかった柏崎刈羽原発は最高450ガルをもとに建設されていたため深刻な被害を受けました。もし地震の中心が原発により近くマグニチュードが7.5を超えていたらより重大な結果を招いていたでしょう。その後原子力安全・保安院と原子力安全委員会は原発の強度強化を命令しましたが、結局活断層の存在を無視したまま原子炉再起動の許可を出しました。
 福島原発事故については津波が原因とされていますが、(地震の際発生した)亀裂を観察すると、地震自体そして恐らく液状化現象が原発の構造と配管に被害を与えたのではないかと思われます。

http://www.asyura2.com/11/genpatu9/msg/414.html

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